19年前の6月3日午後4時8分に雲仙普賢岳で火砕流が発生しました。 私は当時国立病院で勤務していて、定時になったので帰宅しようかなと玄関に向かった時、玄関に寺本院長が仁王立ちしてました。 その時に島原で火砕流が起きて数人運ばれてくると言うことを知りました。 それから薬剤科に戻り、科長から救命のフォローで居残りを命じられました。 病院自体が本当にバタバタしていて、救命救急に薬を届けた時にこげた臭いがしたことを今でも覚えています。